古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2016年12月3日土曜日

年末の大掃除  ランダムガラクタ画像

今年も残すところ一か月を切ってしまいました。
早いものです。

さて、12月といえば、年賀状と大掃除です。
スキャンしたものの、ブログ記事に乗せ忘れたり、記事にまとまらなかった残念画像がファイルにたまって来たので、この機会に画像データファイルの大掃除であります。

デハ3462 79.11.21 大岡山

最初のガラクタ画像は地平時代の大岡山、大井町線のデハ3450形です。
手前側の塀も低いのが当時は当たり前でした。
今ならフェンスで囲われて撮れなくなっているでしょうね。

5121 94.8.20 立会川

京急立会川での都営5000形。
全廃が1996年はじめだったので、晩年の姿です。

6191 95.5.28 府中市郷土の森

府中市郷土の森に保存されている都電6000形。
あまり健康そうでない健康センターゆき電車になっていました。

96.9.6 馬庭ー吉井

上信電鉄馬庭付近で信越線に向かうついでに立ち寄って一枚だけ撮った上信電鉄。
当時はピンク一色だった元西武401系電車が来ました。

87.2.21 細倉

こちらは、大学の仲間と温湯温泉に行った折に立ち寄った栗原電鉄。
山から俯瞰する有名な撮影場所に向かう途中で乗って来た電車が戻って来ちゃった場面です。
電車に各人各様の反応をしています。


1155 79.3.18 的場町

広島に飛びます。
猿猴川を渡る元神戸市電。
今は変な色に塗られて残念な感じになっていますが、スマートな電車ですね。

EF64 10 89.6.17 松本ー南松本

次は松本に飛びます。
古いバスがいっぱい走っていた松本電鉄バスの車庫にお邪魔した時に偶然見かけたEF64重連の貨物列車。

オハフ501 91.3.23 北方真桑

長良川鉄道の北方真桑駅は名鉄揖斐線のすぐそばでした。
雨の日にちょっと立ち寄った駅構内には客車が留置されていました。
旧型客車は最初はケバイ塗装でしたが、この当時は渋い塗装に変更されていました。
今残っていたら人気だったかもですね。

オハフ501 91.3.23 北方真桑

以上、大掃除対象になったガラクタ画像ファイルでした。

2016年12月2日金曜日

加悦鉄道のキハ08 その2

運良く運用に入ったキハ08形。
千載一隅のチャンス到来です。
次の列車で大阪へ移動する予定でしたが、これは宮津線列車を一本遅らせてでも途中で走行写真を撮るしかありません。
しかし加悦鉄道の列車本数は少なく、変な駅で降りるとその先の予定が苦しいので、撮影後丹後山田駅まで歩ける範囲での選択しかありません。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷

と言う訳で、沿線風景がどうかは別にして丹後山田駅のひと駅手前の水戸谷駅しか選択肢はありません。
というわけ水戸谷駅で下車、降りたホームからキハ08形を見送ります。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷

客車改造のキハ08は重量級の気動車となってしまい、当然のように非力で現場では苦労が絶えなかったと聞きます。
早々に持て余されたキハ08ですが、ここでもキハ10入線で予備車扱い。
あまり幸せな人生ではなかったのでしょう。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷ー丹後山田

折り返しの列車を田圃の中で待ちます。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷ー丹後山田

線路状態も良くなかったので、ゆっくりと重い車体をユサユサさせながらやって来ました。
モードラなんか無くても山ほど連写できる亀運転速度でした。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷ー丹後山田

加悦谷ののんびりした風景にゲテモノ気動車が結構良く似合います。

キハ08 3 81.12.29 水戸谷ー丹後山田
キハ08 3 81.12.29 水戸谷ー丹後山田

恐らく二度と見れないと思ったので、豆粒になるまで撮りました。
もう折り返しの上り列車は当分ありませんので、丹後山田までテクテク歩いて帰りましたが、思わ
ぬ収穫に足取りは軽かったのを覚えています。

その後鉄道線廃止後も保存されて、いまでも見れるのはご存知の通りです。

2016年12月1日木曜日

加悦鉄道のキハ08

早いもので、12月になりました。
12月スタートは35年前の12月の記録からご紹介したいと思います。

その年の冬休みの旅行は関西方面から山陰方面へ向かいました。
名古屋では近鉄名古屋線のモ2250の急行に乗車、その後伊賀線のモ5000を見てから京都に出て夜行列車で一畑初訪問、その後の行程に加悦鉄道訪問を入れていました。

近鉄のモ2250 ➡http://tsurikakedensha.blogspot.jp/2013/06/blog-post_10.html
一畑電車     ➡http://tsurikakedensha.blogspot.jp/2013/02/blog-post_4.html


加悦鉄道に訪問時に一番気になっていた車輛は古典機関車ではなく、客車改造のユニークな気動車、キハ08形です。
この気動車は国鉄からキハ10が入ってからは予備車扱いになっているとの情報がありましたが、もしかして運用についていたりしないかと微かな期待をして向かいました。
丹後山田駅で待っていたのはやはりキハ10形。
当時キハ10はちょっと前まで全国で見ることが出来たので、なあんだ〜と思ったのか駅で待っている写真さえ撮っていません。
そんなキハ10に揺られて加悦に到着しました。

キハ08 3 81.12.29 加悦

加悦到着してみると案の定、目的の気動車はお休み中。
それも何故かターンテーブルの上に乗っていて、下廻りも隠れてしまっていてちょっとガックリ。

キハ1018 81.12.29 加悦

構内を見学しているうち、折り返し運用の筈のキハ10形がヤードに移動して展示物化しました。
これはもしかして・・・。

キハ08 3 81.12.29 加悦

そうこうしているうちに、キハ08のエンジンが始動。
予備車のキハ08と車輌交代です。
これは、ラッキーです。
キハ08 3 81.12.29 加悦

構内を転線して本線へ。

キハ08 3 81.12.29 加悦


ホームに横付けされました。

キハ08 3 81.12.29 加悦

車内の様子です。
デッキの窓から見えるHゴム窓以外はオハ61系にしか見えません。



2016年11月30日水曜日

長野電鉄 木島線今昔

先日お届けした木島駅レポートで一緒にスキャンした画像でもう一記事書いてみました。
木島線の廃線跡散策での画像から今昔をご覧ください。

01.12.9 赤岩ー柳沢

廃止が迫った木島線に訪問したのは2001年の12月。
霙の降る寒い日でした。

01.12.9 柳沢

木島線で交換設備が残っていたのはこの柳沢駅だけであったと思います。
駅舎がホーム上にあるちょっと変わった駅です。

07.12.7 柳沢

柳沢駅、その後です。

クハ3352 01.12.9 四ヶ郷ー赤岩

夜間瀬川を渡る鉄橋は木島線では一番絵になるところでした。

クハ3352 01.12.9 四ヶ郷ー赤岩

荒れた川床が印象的な川でした。

07.12.7 四ヶ郷ー赤岩

角度がちょっと違いますが、同じ場所の6年後の風景です。

 07.12.7 四ヶ郷ー赤岩

対岸からも。

07.12.7 四ヶ郷ー赤岩

鉄路が無くなるというのは寂しいことですね。

2016年11月29日火曜日

営団6000系第1編成

いよいよ数を減らしてきた東京メトロ千代田線の6000系電車ですが、2次試作車の第1編成はあまりお目にかかれませんでした。

6101 03.8.21 天王台ー取手

2003年、その第一編成にようやく会えました。
独特の裾周りが遠くからも認識できました。

6001 03.8.21 天王台ー取手

振り向いて6001号車。
この第1編成は6000系では最後まで非冷房車で、同編成の冷房化で千代田線の全車冷房化が完了したそうです。


6021 03.8.21 天王台ー取手

こちらはおまけの普通の6000系。

6001号車、改めて撮ろうと思っているうちにインドネシアに行ってしまいました。


2016年11月27日日曜日

何気ない201系

何かの機会を見つけては撮っていた中央線電車。
配給電車から荷物電車、101系・・・・
そして、試作車デビュー以来見続けてきた201系も同じでした。
そんな201系の普段の姿をちょっとまとめてみました。

07.8.18 阿佐ヶ谷ー荻窪

ある日、家族でジブリ美術館へ行く時に愚息のかぶりつきお付き合いで撮った写真です。
中央総武緩行線から見た201系電車。

07.8.18 荻窪ー西荻窪

緩行線電車を中央特快が追い抜いてゆきます。

07.8.18 西荻窪ー吉祥寺

またもや、201系が。
当たり前の風景でしたね。

07.8.18 西荻窪ー吉祥寺

次の快速電車が迫って来ました。

07.8.18 西荻窪ー吉祥寺

そして、並んだところもパチリ。

07.5.13 中野

こちらは中野での一枚。

07.5.30 東京

復元前の東京駅舎と。

07.4.4 市ヶ谷ー飯田橋

暮れなずむ桜の季節のお堀端、市ヶ谷にて。

09.1.6 神田

そろそろ世代交代も完了する頃の201系電車。

2016年11月26日土曜日

1978年11月23日、御殿場線。

1978年は73系電車置き換えが迫った御殿場線に何度となく通いました。
その時の画像の中から、帰り道に撮った画像をピックアップしてみましたので、ご覧ください。

クハ79425 78.11.23 谷峨ー駿河小山

薄暮の頃の埋め込みライトのクハ79先頭の8両編成。

78.11.23 谷峨ー駿河小山

同じ場所でもう一本待ちました。
陽も傾き、限界写真に挑戦状態です。
左上には東名高速の照明が見えます。


クモハ73902 78.11.23 松田

その後は松田でのバルブ撮影です。
殿のクモハ73は試作全金化改造車の中で一番洗練されていたクモハ73902です。

こちらの画像ではそのクモハ73形よりも、画面左のリヤカー部分に注目してください。

クモハ73902 78.11.23 松田

画面左手のリヤカー部分はこんな形で反対側ホームに動きます。
当然手前側のホームには落とし穴のように穴が開きます。
こんな荷役設備は神経質になった現代では許容できない設備でしょうが、なかなかなアイデアだと思います。
このような設備は他の駅でも結構見ましたが、実際に使用されている様子を撮れたのはこの一回限りでした。

クモハ73902 78.11.23 松田

荷役後の写真です。
記録ではこの列車の編成は、
クモハ73902+サハ78113+モハ72924+クハ79937+クモハ73900+サハ78452+モハ72142+クハ79309

とありました。